内視鏡の第一人者である著者が,内視鏡の歴史と開発秘話,さらに古典にまでさかのぼる文献を網羅.


消化管内視鏡の歴史

  • 【編著】 丹羽 寛文
  • 【ISBN】 4-88875-094-7
  • 【本体価格】 7,500円
  • 【刊行年月】 1997年 04月
  • 【版組】 B5
  • 【ページ数】 199ページ
  • 【在庫】 なし

序 文
身体の中を何らかの器具を使って直接観察し、疾患の診断あるいは治療に応用したいという考えは非常に古くからあった。
歴史的にみると初期の内視鏡はきわめて簡単なもので、まず体表からきわめて近い口内、咽頭、直腸が対象になった。さらに膀胱鏡が実用化されるに及び、消化管の領域では機構的に似た硬性胃鏡がまず登場し、次いで軟性胃鏡、胃カメラが出現し、その後ファイバースコープ、電子スコープが実用化された。これら一連の消化管内視鏡の発展の基礎となったのが胃の内視鏡であって、消化管内視鏡の歴史はすなわち胃のそれであり、その発展のうえに他臓器の内視鏡が作られてきた。
さて消化管内視鏡として現在はファイバースコープと電子スコープが共存しており、その他のものは歴史的な意義をもつにすぎない。しかし内視鏡が今日このように発展するまでには、その開発に携わった幾多の先人のそれこそ血の滲むような労苦があったことを忘れてはならない。本書は、まずこれらの先人の努力をできるだけ明らかにすることを主眼とした。
もちろん歴史を振り返ることが、単なる懐古趣味からだけであってはならない。歴史を振り返ることで、過去の労苦、失敗の教訓を生かし、それを今後の発展に反映させていかなければならない。その意味で過去の業績をたどってみるのもあながち無意味なことではないと思っている。また本邦における胃の内視鏡として重要な役割を果たしてきた胃カメラの初期から、その開発改良に携わったグループの一員として、当時の状況を紹介することは、著者の義務であるとも考えている。
内視鏡の歴史を振り返ってみると同じようなことが何回も試みられ、しかも失敗が繰り返されていることに気づく。このことは古い記録、文献を丹念に調査することの重要さを教えるもので、以前に検討されたことを十分知って、その後の研究に生かしたならばより効果的なものが開発されたであろうし、無駄な労力は避け得たと思われることも数多い。改めて「温故知新」という格言のもつ意義を思い起こす次第である。
なおこれまでの発展には、もちろん医師のみならず、工学技術者の努力がきわめて大きい。とくに医師と技術者との密接な協力関係が何よりも重要であって、この辺りの事情も明らかにしてみたい。
他の領域でも同じことであるが、内視鏡の世界でも関連した周辺諸技術、科学の発展がなければ、当然その進歩はありえず、内視鏡もこれまでどん欲にそれらを取り込み発展してきた。その意味で関連諸事項の歴史にも若干触れてみた。
さて消化管内視鏡検査とは、周知のごとく消化管内腔に特殊の器具を挿入し、その表面から観察する方法である。
このための器具として、ファイバースコープの導入前に、二つの方法が実用化されてきた。その一つは胃鏡、すなわち一種の望遠鏡を胃内に挿入し、得られた撮影画像から間接的に胃内面の状況を知る胃カメラである。
もちろん胃鏡も、初期には単なる管にすぎなかったが、その後レンズ系を組み込んだ硬性胃鏡、さらに若干の柔軟性をもった軟性胃鏡へと発展してきた。
軟性胃鏡はファイバースコープ開発以前に欧米ではかなり広く用いられ、消化器病専門医とはすなわち胃鏡の専門家と同義語であった。
しかしわが国では、事情をかなり異にし、軟性胃鏡の普及は寥々たるもので、一部の専門家の手によって細々と実施されてきたにすぎない。本邦での胃の内視鏡検査は事実上胃カメラの完成をまってはじめて導入されたと言っても過言でない。
胃カメラが開発改良され、その撮影法、読影法が確立されて、はじめて内視鏡検査は一般医家の手の届くものとなって、以後非常に広く普及をみることとなった。
その後ファイバースコープが開発され当初は胃カメラにファイバースコープを組み込んだファイバースコープ付き胃カメラが広く用いられ、次いでファイバースコープ単独の機器に取って代わった。ファイバースコープは胃鏡の一種ではあるが、ガラス線維の透光性を利用し柔軟性はきわめて大きく、形態的にも胃カメラに非常によく似ている。その意味では胃カメラの延長上にあって、患者にとって胃カメラとファイバースコープの違いはわかり難く、このことは医師、患者の間で、未だに胃カメラという用語が内視鏡そのものを意味していることからもよく理解できよう。
さらに最近では前方直視式の機器が大きく発展し、内視鏡検査の対象は、胃のみならず、食道、十二指腸、大腸のルーチン検査へと拡がっている。これら一連の発展のうえで、胃カメラの果たしてきた役割はきわめて大きい。しかし消化管内視鏡の歴史を調べてみると同様の試みはすでに前世紀末にもあった。当時の人々の無理解ならびに周辺科学の未発達から結局日の目を見なかったものの、もし当時の人々がその意義を認め、その実用化に向かっていっそうの努力をしたならば内視鏡の歴史はまったく変わったものになったかもしれない。
それはともかく本邦における胃カメラの発展普及には目覚ましいものがあり、写真での診断という客観的な方法ということもあって、早期胃癌をはじめとして胃疾患の診断学は他国に比べ独自の発展を遂げてきた。
さらに近年になって消化管内視鏡は診断以外に治療への応用が始まり、現在では治療内視鏡が重要な分野を占めている。
本書ではこのような一連の内視鏡の歴史の上で、主として機器の面を中心に扱ったため、内視鏡を使っての臨床的研究については省略せざるをえなかった。これらについてはいずれ機会をみて改めて調査したいと思っている。
なお消化管内視鏡の歴史の上で、とくに硬性胃鏡を中心に19世紀から20世紀はじめにかけてはドイツ、オーストリアを中心とした業績が目覚ましい。しかし現在若い人々にはもはやドイツ語で書かれた文献は読めなくなっており、この辺りの重要文献はできるだけ網羅し、その要約を紹介するように努めてみた。これらの文献は今日の内視鏡の発展の上に重要な意味をもつばかりでなく、今記録しておかなければ将来まったく埋もれてしまう危険があると考えたからでもある。
また本邦において昭和30年、40年代は、たとえ画期的な研究であっても、原著論文として発表する習慣が未だ確立されておらず、重要な研究であっても学会報告だけでその後埋もれてしまったものも数多い。このような研究の存在は、調査する手がかりも少なく、従来あまり知られていなかったのも事実である。このような背景から本書ではこれまで文献として発表されなかった研究についても、できるだけ掘り起こし紹介するように努めてみた。
いずれにしても本書がこれまでの先人の努力を少しでも伝えることができ、今後の諸賢の研究に多少とも参考になるところがあれば著者として望外の幸である。
なお本文中では敬称はすべて省略させていただいた。礼を欠いたことは承知であるがご了承いただきたい。
また個々の業績の発表年代については西暦を基準としたが、必要に応じ元号を併記した。とくに昭和30年代以降の本邦での業績については、元号を基準に西暦はカッコ内に入れるようにした。これは本邦での内視鏡の発展が昭和30年代は胃カメラ、昭和40年代は側視式ファイバースコープならびに他臓器ファイバースコープの開発、昭和50年代は直視式ファイバースコープの普及、内視鏡の治療への応用、昭和60年代になって電子スコープの登場というようにそれぞれの年代で使用された機器に特色があり、それぞれの時代区分を特徴づけていることもあって、この表示の方が時代背景がより鮮明になり理解しやすいと考えたからである。そのため若干統一を欠く結果となったがご了解いただきたい。
平成9年3月
丹羽 寛文
目 次
第1章●初期の内視鏡
ギリシャ、ローマ時代のスペクラ
BozziniのLichtleiter
当時の時代背景
Segales, Averyの内視鏡
Desormeauxの内視鏡
Kussmaulの胃鏡
第2章●硬性胃鏡の発展
電気による照明
NitzeおよびLeiterの胃鏡
Mikuliczの胃鏡
Rosenheimの胃鏡
Kuttnerの胃鏡
その後の硬性胃鏡
Schindlerの硬性胃鏡
胃鏡検査時の体位について
第3章●軟性胃鏡の発展
Hoffmannの光学系
軟性胃鏡の完成
Schindlerについて
その後の軟性胃鏡
日本における胃鏡検査
第4章●胃カメラのアイデアと胃壁透光法
胃カメラのアイデア
写真術の発展
胃壁透光法-gastrodiaphany
胃壁透光法に対する批判と反論
当時の胃の検査
第5章●最初の胃カメラ-LangeおよびMeltzingの胃内撮影装置
最初の胃カメラ
開発のいきさつ
装置の構造
撮影の実際
臨床応用の成績
その他の胃カメラ
第6章●針穴式立体胃カメラ-Gastrophotor
Gastrophotorの開発
Gastrophotorと日本
その後のGastrophotor
第7章●胃鏡による写真撮影と生検
喉頭の撮影
膀胱鏡による撮影
胃鏡による写真撮影
食道鏡による写真撮影
胃鏡による映画撮影
胃鏡による生検
第8章●日本における胃カメラの開発
開発のいきさつ
試作器の完成
基礎実験と臨床応用の開始
ガストロカメラの市販
第9章●胃カメラの改良と臨床応用
ガストロカメラと東大田坂内科
撮影技術の完成
ガストロカメラⅢ型
ガストロカメラⅣ型
胃カメラ研究会
胃カメラの普及
第10章●Ⅴ型胃カメラとその他の胃カメラ
Ⅴ型胃カメラ
集検用胃カメラ
紫外線胃カメラ
海外での胃カメラの反響
Ⅴa型胃カメラとⅤb型胃カメラ
その他の胃カメラ
早期胃癌の分類
学会の発展
第11章●ファイバースコープの開発
ファイバースコープの原理
ファイバー光学系の理論の発展
Hirschowitzによるファイバースコープの開発
ファイバースコープの製品化
国内でのファイバースコープの試作
第12章●胃ファイバースコープの発展
胃ファイバースコープの国産化
生検用ファイバースコープ
その後の胃ファイバースコープの発展
検査時の体位と消泡剤の応用
食道ファイバースコープ
パンエンドスコープ
第13章●十二指腸の内視鏡
十二指腸カメラ
胃ファイバースコープによる検討
十二指腸ファイバースコープ
第14章●大腸の内視鏡
直腸鏡
特殊な直腸鏡
撮影用直腸鏡
大腸カメラ
大腸ファイバースコープ
当時の内科教室の状況
第15章●電子スコープ
テレビジョンの歴史
内視鏡へのテレビの導入
電子スコープの理論と機器の発展
輪郭強調と色相・彩度・コントラスト変換
画像処理、画像解析
赤外線電子スコープ
計測と立体視
ファイリング
第16章●治療への内視鏡の応用
初期の内視鏡下治療
高周波電流導入のいきさつ
高周波電流による胃ポリープの焼灼摘除
ポリペクトミー術式の発展
その後の内視鏡的治療法の発展
第17章●世界ならびにアジア太平洋消化器内視鏡学会
国際消化器内視鏡学会の設立
世界消化器内視鏡学会への改名
アジア太平洋消化器内視鏡学会
第18章●今後の展望
電子スコープの将来
カプセル内視鏡の可能性
内視鏡学の将来
内視鏡的治療の展望